日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
12月23日(土)30日(土)9:00〜
ご予約はこちら

朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』(出演)
作・演出 松澤くれは
@CAFE VIZZ
12月16日(土)9:00〜
完売いたしました。

◉日本劇作家協会主催リーディングフェスタ
『食べるを読む』
12月16日(土)
@座・高円寺
詳細はこちら

◉ショートフィルム脚本
空中メトロ『openroll』
上映会&ライブ
12月17日(日)18:30〜
@下北沢・近松
詳細はこちら

◉一人芝居フェスティバル
APOFES2018』出場決定
作・演出 福永マリカ
出演 関森絵美
1月17日(水),21日(日),28日(日)
@千歳船橋APOC THEATER
ご予約はこちら

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』


シンクロリウム『ロングスリーパー』

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2017年12月12日

ねじれの法則

いい気分になっている場合ではないのだけど

なんかちょっといい気分。

なにがあったわけでもなくて

ただよく眠っただけなんだけど

なんかちょっといい気分。

好きな音楽を聴きながら電車に乗って

街に出たら

すこしごはんをたべて

原稿を書こうと思う。

あいかわらず、よく夢を見る。

今日見た夢は

なんでもないのに、心が雑巾絞りみたいにぎゅっと痛くって

絞り出すみたいに泣いた夢。

夢を見る前

自分の、奥底の話をしていたから

きっと見た夢。

雑巾絞りみたいな心の感覚がまだ残っていて

それを連れて、原稿を書こうと思う。

からだからはじまるものを

とてもよく信じてる。

2017年12月11日

じぶんごとのよに



ひそかにすすめていましたことが
昨夜発表になりました。

このたび

空中メトロというすてきなバンドの
ショートフィルムの
ナレーション脚本を
書かせていただきました。

ひょんなことからおはなしをいただいたとき

なぜかそのオファーの文章を読んだ瞬間に
これはいま、わたしのやることだと
直感しました。

そこで知りはじめた、空中メトロさん。

ショートフィルムにのせることばを書くにあたり

これまでの音楽や
みなさんがのこしてきたことば
いろいろなことを追いかけ

大ファンになると同時に、
勝手ながらじぶんごとのように、
空中メトロさんを見るようになりました。

そして
じぶんごととして
わたしのこころからのことばとして

脚本のことばを書きました。



出会ったばかりの空中メトロさんは
この12月を持って解散されます。

せっかく出会えたその時に
いなくなってしまうことに
どうしようもないせつなさをかんじながらも

なぜかそんな別れすら
きらめいてみえる空中メトロのふしぎな4人に

一層の希望を感じています。

ショートフィルムのタイトルは
『openroll』

おわりであってはじまりの
その日へ。

監督は、西村広揮さん。

12/17(土)
空中メトロのライブにて上映されます。

<上映会&LIVE>
12月17日(日)18:30
下北沢・近松
kuutyuumetro.com/live.html

普段は関西で活動されている空中メトロさんが
東京は下北沢にいらっしゃいます。

そしてこれが、ラスト二分の一のライブになるそうです。

とってもみみにのこって
くちずさみたくなる
だいすきな音楽です。

ぜひ、あしをはこんでみてください。



きのうは、ナレーション録音で
ボーカルのゆきりさんにお会いできました。

じぶんのことみたい

という、うれしすぎる感想をいただいて

勝手に送り続けていた手紙に
どん!と一気におへんじをもらったみたいで
とってもうれしかったです。

ゆきりさんの声で立ちあがったことばは

音楽みたいになって
とてもよろこんでいました。

とっても、みてほしいです。

2017年12月9日

たまねぎがめにしみた

なんでもないはなしがしたいなあ。

毎日慌ただしいから。

うれしいこともたのしいことも、おおすぎるから。

虚しいことは無視してるけど、やっぱりざわつくから。

水をたくさん飲むみたいに

ごくごくとあらいながす透明な話題が欲しいな。

うれしいもかなしいもない

透明な話題が欲しいな。



一月に上演する
関森絵美ちゃんの一人芝居を書いている。

ごくごく飲み干せるようなものにはしないつもりで

だけど、その濃度が、
いろんな堆積した時間を押し流すような

そんなものにしたい。



長くなりそうだから後日話そうかと思ったけれど

チーフタンズの来日公演に行った。

ゲストはハンバートハンバート。

わたしには最高の組み合わせ。

ああ、もうこの素晴らしさのすべては
もちろんこんな文章じゃ語り尽くせないのだけど

何と言ってもここに記しておきたいのは

チーフタンズの音楽には、どうしようもなく脈を感じるということだ。

山脈や葉脈のようなもの。

自然の中に流れる、
自然がうごめく音を

掘り出したみたいな音楽だ。

その音はわたしのからだに共鳴して
からだがよばれておどりだす。

そして

ハンバートハンバートは
人間の脈
暮らしの脈を感じる音楽だ。

鼓動、水道、換気扇、電車、話し声

いろんな、身近な、暮らしの脈。

だから

わたしにとっては
チーフタンズの音楽にあるもっとおおきなものの脈の音を

ハンバートハンバートが、暮らしのとなりまできて
通訳してくれてるみたいな気分になるのだ。

そもそもチーフタンズを知ったのも
ハンバートハンバートが歌う『喪に服すとき』が
もともとはケルトの民謡で
チーフタンズの演奏しているのを聞いたのがきっかけだった。

チーフタンズは、音を追求し結果
宇宙にたどり着いたと言った。

わたしはそのことが、とても、頷けると思った。


脈を感じるものがすきだ。ずっと。

その手触りは、とてもやわらかくしずかで

だけど奥のほう、そのはじまりのほうで

湧き出すまでのごごごごという音が鳴り響く。

静かでいて激しく深い。

身の回りにあるあらゆるものたちのささやきあう声のように
複雑で豊かな音に

わたしは、宴をおもった。

人生は宴だ
世界は宴だ
自然は宴だとおもった。

生きて死ぬことは、宴だとおもった。

そのはなばなしい祝いの音は
ちんぷなかなしみなんかには
ぜったいにまけないのだ。


2017年12月8日

平らかな朝



「朝劇下北沢、平日はじめます」

そんなコピーを書いたことを
改めて思い出さないとならないくらいには

はじめたことが
日常に定着していました。

平日 9時 下北沢
演劇。

誰が行くねーん!

というつっこみを
誰かからされる前に自分たちでしちゃいたくなるくらい

とってもこわいはじまりでした。

それも、新作でなく、再演。

メンバーは新しいけれど
それが強みにできるかどうかはもちろん自分次第。

なによりわたしは
この平日チームで、はじめて
朝劇下北沢レギュラー出演にいたりました。

念願の。

もうくどいくらいはなしているけれど
やっぱりとにかくファンで
仲間に入れて欲しかった朝劇下北沢に

レギュラー出演できるって嬉しくてたまらなかった。

あの人たちの仲間になりたい、なんておもうこと
そうそうないし
そんな夢が叶うことって
ほんとうにいっしょうにあるかないかだとおもうから

その愛がかなったことは
もしかすると私の人生で1.2をあらそうラッキーだと思ってる。

ってはなしはたぶん
今後何度もまだするけどゆるしてほしい。

話を戻すと
朝劇下北沢に初めてレギュラー出演することになって

いいことと
たいへんなことが
7対3くらいの比率であった。

たいへんなことは
つづけること。

ずっとその台本を、自分の体の中に住まわせておくこと。

たくさんのひとにみてもらうこと。

新鮮でいること、おもしろくいること。

とにかく公演を行うこと。

でも

その大変さがわかってから
脚本で関わっている日曜日チームへの心持ちも大きく変わったし

朝劇下北沢とは ということをよく考えられるようになった。

もちろんそこにこたえはなくて

でも

つづけるための
いつもそこにあるための
朝劇下北沢とは

ということが真ん中に来るようになった気がする。

個人的には、このあたたかなホームをでて
あらゆる場所へ戦いに行く時

こわいことがだいぶ減った。

ずっとそうなりたかった
「まず、ただそこにいる」ということが
できるようになった。

このことにとても感謝してる。



大千秋楽を前に読み返した台本は
幾度となく読んだはずで、幾度となく上演したはずなのに

ああ、そうだったのかとか
もっとこうすればよかったとか
もっと彩りが豊かなはずだったとか

まだまだおもうことがあって
追究というのは果てがないと思った。

そしてなにより
追究をたのしむメンバーが

演じる私たち、
演出する原さん、
制作をするまりこちゃん、
ご飯と空間ともっとたくさんを提供してくれるお店
es cafeさん、CONAさん
楽しみに心を全開でいてくれるお客さん

こうしてこぞってそろっていたからだとおもう。




困難をゲームにしたり
味方にしたり
新しい扉にしたり

そこにおこったすべてをうけいれる
そんなひとたちにめぐまれて
つつまれて
あの場所は存在できました。

本当に、本当に、ありがとうございます。

感謝してもしきれません。

わたしたちは一度
その反応の連続に終止符を打ちますが

きっとそのときがきたら
またその扉を開きます。

そしたらまたきっと
ちいさな分子の反応からはじまって
たくさんのひとに伝播するまで
たくさんあそびはじめます。

きっと、の、そのときまで
きょうまでのきらきらを
どうか胸の中に。

たくさんの、かけがえない朝を、ありがとう。

おおげさになっちゃったけど
きもちはこのくらいだよ。





2017年12月4日

それぞれの時代

演劇女子部
『一枚のチケット~ビートルズがやって来る~』

全公演、無事に終了いたしました。

ご来場いただいた、たくさんのみなさま
本当にありがとうございました。

今回、出演する上で大きな目標になったのは
矢島舞美さんの姿勢を、今もう一度近くで感じることでした。


ただただファンだった舞美ちゃん
四年前に共演させてもらってから、
わたしなりにいろんな日々を過ごしました。

正直に書くと
一番しんどかった時期に
笑っている°C-uteをみているとわたしも笑っていて

本当にそれだけで大丈夫になれました。

そんな日々から

わたしが、わたし自身で笑えるように
楽しんで生きていけるようにならなければならないと思い

部屋を出て、たくさんの人と出会って
ちゃんと笑えるようになった四年間でした。

自分の生きている中の、今、このタイミングで
もう一度、舞美ちゃんと共演できたらと思い臨んだ今回。

久々に会う舞美ちゃんは、
変わらずに真っ直ぐで、正直で、本当に誠実で

そしてやさして
とてもつよいひとでした。

舞美ちゃんのやわらかな纏の中にある
ぴんとした背筋につまった
いろんな覚悟のようなもの

それを感じて
千秋楽に溢れる涙に、その覚悟がにじみ
一層つよくてやさしいひとだとおもいました。

いろんなことを見つめなおしました。

舞美ちゃんの、聞く姿勢に
居住まいを正しました。

やっぱりずっと追いかけたい背中だと思いました。

今回、いろんな道を走って来た人があつまって
ひとつのものをつくりました。

正しさ、ということばはあまりすきではないのですが

生きてきたこと、そのものを正しさと呼ぶならば

いろんな正しさをみました。

そしてそこには、それぞれに鍛えてきた筋力があって
それぞれの魅力や強さがありました。

芝居においても
人としても

自分ができないことについてたくさん実感する日々でした。

でもそれは
自分がやってきたこと
やってこれたことについても
深く実感する日々で

自分をよく見つめ直す時間でした。

物語の舞台である1966年

新しい時代の幕開けにも
きっとたくさんのひとたちの
生きてきたぶんの正しさがあったはずで

そんなとき
だれかの正しさを受け入れるには

その人にだって生きてきた時間があることを
ちゃんとわかっていなくてはならないなと

とても感じました。

わたしが演じた、保守派の政治評論家は
頭ごなしに否定をする人間でしたが

それでもわたしなりに彼を擁護するならば

きっと彼にも、生きてきた時間があり
青春を救ってくれた音楽があり
時代に押し流される恐怖があったのだろうと思います。

わからないけれど。

みんなみんなの正しさを受け入れるなんて難しいけれど

みんなみんなが生きてきたことをちゃんと知っている

それだけはちゃんと、していたいと
噛みしめている今日です。

今回、この作品を作るにあたり
出会ったひとりひとりの魅力に
本当に惚れ惚れしました。

みんなのすてきを、少しずつもらって
もっともっと
つよくやさしくなりたいです。

お越しいただいたみなさまも
あらためて、本当にありがとうございました。

温かい視線、拍手に
温かい心をおすそ分けしていただきました。

またこの温もりをお返しできるよう
これからもわたしなりに走り続けます。

2017年12月2日

忘却

12月。

いろいろがいろいろ

11ヶ月分のいろいろ。

瞬間、瞬間の、いろいろ。

あの島とこの島の、いろいろ。

たくさんおかずのある美味しい定食が好き。

冬の澄んだ真っ黒い空が好き。

銭湯へ行く、のが好き。

外で飲む缶ビールが好き。

名前のないものが好き。

名前のつけられない感情を抱いた
へなっとした顔が好き。

いろいろに洗い出されて

好きなものが浮き出す。

身軽になる。

知らん顔をする。

好きなものだけじゃなくて
好きになりたいものや
諦められないものがあるから

やっぱり全部と生きていきたいとおもってしまうから

知らん顔もする。

2017年11月30日

排水の陣

歌い踊り低音でシャウトし
からだはクッタクタで
すぐに寝てしまうのだが

頭が冴えているのか
とんでもなくよく夢を見る。

いつも夢はよく見るけれど
いつにも増して、見る。

それも、極上の悪夢。

きょうはなぜか監獄にいて
なのに出入り自由で
もはや よい宿で
その自由がとても不安になる夢だった。

しまいには教官と
矢野顕子さんの『ひとつだけ』をデュエットしていた。

今とても自由な状態で
でも不自由の中にこそ見つける自由が好きで
欲しいものは限られている

的なことが夢占いでもやったら、出そう。



目覚めてまどろんで

劇場へ向かう電車のなかで、とてもいい文章が読めた。

おかげでとても呼吸がしやすくなった。

11月が終わる。

舞台も本番中だけれど
ほかにもすすめていることがいくつかあって

まにあっていないなあ、とおもいながら、終わる。

今年の仕上げの月に入る。

でもなんだかきょうは

その、出会えた文章のおかげで

気合いともちがう

ねぎらいみたいな力がわいてきた。

ゆきすぎるのが苦手だから

まひするのが苦手だから

表面張力のぎりぎりまでふんばったら

ズゴゴゴゴと水を抜いてみたりする。

いったりきたりのここがいい。