十二分目の冬

しらないまちで、うつくしい珈琲屋の前を通ったら

うつくしい店主夫婦とその娘らしきロングヘアの美少女がこちらをふわりと振り返り

その瞬間にうつくしさのかたまりのようなものがおそいかかって、息が止まりました。

儚いくらいにうつくしい瞬間みたいなものに
わたしは遭遇しやすくて

まぼろしみたいでくるしくなります。

だけど、それをことばにできるから

消え去らないでいてくれて

またこの目で確認できて

たすかったなあ、といつもおもいます。

かたまりをのみこめないまま駅にたどり着くと

駅に隣接したショッピングモールでは赤と緑とクリスマスソングがあふれていて。

絵に描いたようなしあわせが現実に満ちている空気と、

夢みたいなファンシーなかおりをかいで、

ちょっとからだがびっくりしました。

手に取れるだけのしあわせ、と呼ぶもののかたちも

ひとのくらしによってことなることを、再確認。



冬は空気中の分子が減って、だから人は、人肌が恋しくなるときいたことがありますが

だからかきっと、ひとがひとをおもうきもちの分子みたいなものは増えていて

すいこみすぎておっとっと。

なんにものみこめないまんま、ホームへと向かいました。

電車の中のひとがひとをおもうきもちの密度は

ここちよく低く、つめたかったです。

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