このたび、株式会社ギフトに所属いたしました。

◎出演決定
演劇女子部『一枚のチケット〜ビートルズがやってくる!〜』
2017年11月27日(月)〜12月3日(日)
紀伊国屋サザンシアター TAKASHIMAYA
詳細はこちら

平日チーム
『リブ・リブ・リブ』(出演)
作・演出 原将明
限定シャッフルキャスト公演
@下北沢CONA
12月6日(水) 9:00〜
ご予約はこちら

日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
11月25日(土
12月3日(日)23日(土)30日(土)
9:00〜
ご予約はこちら

朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』(出演)
作・演出 松澤くれは
@CAFE VIZZ
11月18日(土)19日(日)
12月9日(土)10日(日)16日(土)
9:00〜
完売いたしました。

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』
ご視聴はこちら

シンクロリウム『ロングスリーパー』
ご視聴はこちら

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2016年7月31日

しなる虹

ギラギラの太陽を浴びた。

とってもよく眠れるよ、ってからだがいってる。

エネルギーをもらうと

エネルギーをつかう。

そういうものなんだなあ、と、おもう。

このところ、
しなやかなこころをもちたいなあとよくおもう。

しなやか、ということばをしったのは、

たしか中学の保健の授業だったかな。

これをたべるとしなやかな筋肉がつきますよ、とか、そんな文言だったとおもう。

こころにしなやかな筋肉をつけたい。

ころんでもけがをしにくい

立ち上がりやすい筋肉を。

ころばないようにはね退けたりするよりも

傷つかないように傷つけようとするよりも

しなやかに、受け止めたい。

たくさん太陽を浴びて

もらって、はなって

眠りたいからだでねむって

細胞あらたな朝にゆきたい。

2016年7月30日

すきさる

ふいにおもいたって、書き並べてみた。

◉昔嫌いだったたべもの

・ハンバーガー
パンも肉も水分が無くて嫌だった

・たまご
たんぱく質が嫌いだった

・カレー
辛いのに甘みがあるのがよくわからなくて嫌だった

・ケーキ
スポンジに水分が無くて嫌だった

(今は全部好き)



◉今すきなたべもの

・納豆
毎日食べてるからすきなんだと思う

・そうめん
毎日食べてるからすきなんだと思う

・かつおのたたき
いつも食べたいからすきなんだと思う



並べて気づいたことは
理由とかいらなくなくなったってこと。

理由のないものが、すきだなあ。

どうしてもいつも食べたいもの

そばにおいておきたいもの。

それは、年を重ねて、軽くなったことのひとつです。


だけど、よーく考えて

嫌い、には、やっぱり理由がいるよなあっておもった。

嫌い、だなんてエネルギーを放つには

ことばを放つには

理由がないと、あんまりだ。

年を重ねてかなしいのは

すき過ぎたときを経ないと
嫌い、だなんて言えないこと。

それでも嫌い、だなんて思えないこと。

2016年7月29日

はたちのかぜ

下北沢という街は、いろんなことをおもいださせる。

いろんなわたしをおもいださせる。

いろんな場所に吹く風が

ぜんぶいつかへ、つれかえる。

夕涼みがきもちよくて

ふと立ち止まって、
腰かけてすごしてみた。

なんでもないその場所は

4年くらい前のわたしをつれてきた。

初めて飲んだ赤ワインの色

初めて聞いたチェイサーというオシャレなことば

肩透かしみたいに涼しかった秋のはじまりの風

ここにある風。

繊維みたいに重なり合って

ここ、わたし、いま。

生きるほどに、どこかに触れる瞬間は増えてくるね。

出会ったひとのぶんだけ。

過ごした時間のぶんだけ。

いつか下北沢は、思い出の場所になるのかな。

それとも

いつも、いまの下北沢とわたしを

重ね合わせてゆくのかな。

2016年7月28日

あぶく、いぶき

こころのなかに

すこしあぶくがたっている。

くちゃくちゃくちゃっと

ぶくぶくぶくっと

ひとひとひとと、の、日々の中

すこしあぶくがたっている。

まいにちおもうのは、ひとのこと

まいにちかくのは、ひとのこと

わたしもふくめた、ひとのこと

だってそうよ

ひととひととで、
いきてるんだから。

あたりまえをいきられるようになったから

あたりまえなことを、しつこいくらいにおもってしまう。

そしてまた、あぶくがたつ。

ぶくぶくぶくっと

おぼれそうになることもある。

やさしさや愛みたいなそんなものに。

でも

ぶくぶくぶくっと
息ができてること

生きてること

それをたいせつにおもう。

はじけて消える、瞬間を

つかまえはしない。

ただ、あるがままに。

2016年7月27日

まんなかにかえる

朝から音楽のリハーサルをして

昼間に家に帰ってきた。

昼間に帰宅する、というのがだいすきで

こどものころの土曜日をおもいだす。

きょうもおもしろいことがあったなあ

とか

これからなにをしようかなあ

というのを両手にぶら下げて

お昼ごはんをたのしみに帰る。

今はじぶんでつくらなくちゃ、お昼ごはんは出てこないけど

それだってまた、たのしい。

家に帰ると、1日がひとつ終わるみたいな気持ちがする。

ゼロ地点。

からだの、こころの、まんなかに帰る。

そしてまた、つぎへゆく。

1日のまんなかに帰宅できる日は、1日がふたつになるみたい。

きょうは空色と群青色のセットみたいなきぶん。

とてもきれいでまんぞく。


今朝のリハーサルは、とてもきもちよかった。

ひとつわたすと、また別の何かがもらえる

ヒントを出して、こたえをだす

そのこたえはまたヒントになる

そんなことのくりかえしがおりかさなって

音がうまれた。

8/11のライブは、きっととても、音を楽しんだ会になる。

たのしいをわけさせてくださったら
またとても、たのしい。

下北沢ろくでもない夜Presents
『夏のろく夜』
2016.08.11 [THU]
OPEN 19:00
START 19:30
・前売り ¥2000
・当日券 ¥2500
出演
関森絵美
福永マリカ
はなきゆい

2016年7月26日

しんせんさんそ

それでも向き合い続けるって
だいすきなんだなあ
とか、おもったりして。

それでも、っていうほどのこと、
じつはおこってないのに
すれちがったりするのは
それでもふれられているからで。

同じ場所、同じ人たちと
長いこと歩くってこと
なかなかない仕事なので
借りぐらしに慣れてたけど

てばなしそうになったり
めをそらしそうになったり
つかまったり
つかまえたり

そうやっておぎないながら
同じ場所を
ここにあるということを
まもるってこと
すごいことだよなあ

だいすきなんだなあ

あらためておもうこのごろです。


朝劇下北沢平日『リブ・リブ・リブ』
千秋楽が決まりました。

2月からつづけてきた今作も
8/3でおしまいです。

半年という月日

同じ作品、同じメンバーと向き合い続けて
いつも新しい朝を踏みしめてきたなあ、とおもいます。

大事みたいに書いたから
なんか大変だったみたいだけど

過ごす朝はいつも軽やかでたのしくて
気がつけばここにいました、半年。

でもそれは
そうやっていつも
新鮮で美味しい空気を持ち寄った
みんな、みんなの結晶だって思います。

ただじゃ起きない朝かもしれない。

たくさんたくさんの見えない奇跡にありがとうを込めて

千秋楽、とどけます。

ぜひ、見届けてください。

朝劇下北沢『リブ・リブ・リブ』
8/3(水) 9:00
esCafe/Dining 下北沢にて
https://www.quartet-online.net/ticket/heijitsu?m=0cbihge

2016年7月25日

ぴんと、ゆるりと

どこにピントをあわせるか

それだけのことだなあと日々思う。

感じていることなんてやまほどある。

見えているものだってやまほどある。

だけどどこにピントをあわせるか

何を裏ごしして

何を抽出して

何をかたちにするか

それだけのことだなあとおもう。

まとも、も、へん、も

かんたん、も、むずかしい、も

やさしい、も、きびしい、も

ほんとはぜんぶくるんでる。

そのうえで

なにをひとにわたしていくのかってこと

わたしはこの一年でだいぶよくみつめている。

あらわれているものがすべてじゃないんだよね。

あらわれているものは、

そのひとが、はらをくくって

えらんで

しめしていこうときめたものなんだよね。

2016年7月24日

ゆめゆめ

よくわからないくらい夢見たいな日々を見てる気がする。

それは宝くじが当たったとか

大きなステージに立てたとか

有名な番組に出られたとか

そんなことではなくって

いつもすごすまちの、ほんのすこしさきで

知らない人や物に出会う、それだけのことなのだけど

それだけのことでひらける景色はゆたかすぎて

だから夢みたい。

いつもおもうなあ

夢みたいなことはほんのすこしさきにあるって。

フライパンをかっただけで、お家で食べられなかったフライドポテトが食べられたときみたいに。

ほんのすこしさきに、ふっくらゆたかな場所がひろがってる。

せかいはひろいなおおきいなって

いつも気づかされる。

いろんな次元

いろんな価値観

いろんなたいせつ

どれもたいせつ

どれも地続きでありますように。

2016年7月23日

愛う

人に会えば会った分だけ

何かが芽生えて

細胞がはじけて

ことばがうまれる。

このごろは、1日にあまりにたくさんに出会いすぎて

ことばを製造するスピードが追いつかないくらい。

どれをかたちにのこしたらいいか

そんなことにまどうくらい。

ちょうど去年の夏、おんなじことおもったな。

あれからときどき、そうおもう。

ことばにする隙がないくらい

ことばにするにはもったいないけど

何か残さないと過ぎてゆくのがもったいないくらい

たくさん、たくさんを

浴びてる。

いろんなひとの、在るのをみてる。

自分がいろんなひとをおもうのを、みてる。

それぞれのかたちの、おもう、があって

それぞれのつたえかたがある。

その愛が、届けたい人に届くかって

本当はとても奇跡みたいなことなんだなあって

すごくおもった。

久々に会った祖父母は

たくさんのおいしいものや、眠りや、穏やかな時間を

めいっぱいにくれた。

めいっぱいの、愛だった。

二人の愛を叶えたいと思った。

私の愛も、叶いますようにと思った。

2016年7月21日

湧発

湧き出すものがなによりも

真実で、すてきだとおもいます。

ちからも

希望も

勇気も

アイデアも

愛も

ふいに、とか、ついつい、とか

湧き出しちゃうのが、いい。



このごろ、大切な友であり尊敬する役者・歌手の関森絵美が下北沢の駅前で歌っています。

きたる8月14日におこなう30歳生誕の単独ライブにむけて、

あいにゆこうと、うたをとどけようと、からだをうごかしています。

その姿をそばでみていると

彼女から湧き出るなにかに誘発されて

まちゆくひとの

うたいたい

おどりたい

声を出したい

感動したい

そんなきもちが湧き出しているのが見えて。

ああ、エネルギーは、人のエネルギーを引き出すのだなあと、まいにちかんじています。

そこにある真実が起こす奇跡は

目を疑うけれど、とても合点のゆくすがたで

とてもわかりやすく、かっこ悪くことばにすれば

「本気の愛は通じるのだな」というようなかんじです。

ほら、ことばにしちゃいけないんだ。

みなきゃわからない、みればかんじるものがあるから

そこにひとがあつまるんだなあ。

まいにちキラキラ奇跡が募るのをみて
宝探しの夏みたいです。




さて、そんな関森絵美とわたし

なんとふたりでライブに出演することになりました!

下北沢ろくでもない夜Presents
『夏のろく夜』
2016.08.11 [THU]
OPEN 19:00
START 19:30
・前売り ¥2000
・当日券 ¥2500
出演
関森絵美
福永マリカ
はなきゆい


絵美ちゃんの単独ライブの3日前!
8月11日に下北沢で!

ふたりでともにステージをやることって意外とそんなになくって、

ここぞとばかりにいろいろ企てています。

本邦初公開のものや

この日と14日のライブをあわせてたのしめるものなど

もりもりの予定です。

ぜひぜひ、あそびにきてください。

溢れるこころを、そこにつれてゆきます!

おたのしみに。

2016年7月20日

ぷらすと、と、

きのうはいつもお世話になっている番組
『WOWOWぷらすと』の1000回記念でした!

5年、1000回という濃く厚い歴史の中で

わたしが参加しているのはまだ1年、30回(意外とたくさん…!)

うまみたっぷりの場所の、まだほんのすこししか知らないわたしですが

それでもいまのわたしがあるのは、ぷらすとに出会えたおかげだなあ、と深く感じます。

フリーランスになって一番目の仕事

それがWOWOWぷらすとでした。

どこへゆくのか、なにをするのかも明確に決めていないわたしを

どしんと迎えいれてくださったぷらすとには

ひとりひとりのゆくみちをしっかりと歩んでいらっしゃるかたがたくさんいて

そんなひとたちだから、ひろくゆたかに、
わたしのあるくのもみつめてくださりました。

昨日の1000回記念放送でもお話ししましたが

フリーランスになって自分で自分の商品としての提供方法を決められるようになり一番感じるのが

神聖な存在になるか
身近な存在になるか
どちらかに覚悟がいる

ということです。

ただ、今わたしが一番におもうのは

そんな両極のすべを選ぶことより何よりも

どんなものを抱いているのかがやっぱり大切で

あとはどんなふうにラッピングするか、それだけだなあということです。

フリーランスになったわたしは

自分の中に抱かれ眠っていたいろいろの、たくさんの出口を見つけ、たくさんに出会えました。

WOWOWぷらすとはそのなかの大きな一つで
そして、
こんなふうに歩いてもいいんだ、と日々とおしえてくれる存在です。

そして、

おなじときに
おなじ景色をみたい
とおもえるひとのいるつよさ

それを日々、実感させてくれます。

これからも、まいにちをおもしろくひろくゆたかにする
そんな船をいっしょに漕げますように!

としをかさねるほど際限なく
自分の中に眠るものをはじけさせてゆけますように!

WOWOWぷらすと、
これからもよろしくお願いいたします!

2016年7月19日

えみのひ

なにがほしいのか



はなしていたら、とてもよくみえた。

うみのひだった。

ことばをわたし、もらい、わたし、もらううちに

ぐるぐる円をえがいて

遠心力がはたらいて

真ん中にきゅうっと、ちからがあつまるかんじがした。

求心力かもしれない。

なぜしりたいのか

なぜかなしいのか

なぜさみしいのか

なぜしんじたいのか

なぜ、。

なぜ、は。もとめることへのやじるしで

なにがほしいのかを、よくおしえてくれた。

かたちじゃない

数字じゃない

ことばじゃない

あらわしきれない

でもあらわしたい

揺らぎ翻るあれこれ。

裏腹をぐるぐるめぐる。

そのまんなかにあつまるちから

それは、。



目と目の合う
その瞬間に
うまれるもの

うみのひは
生みの日
うみからうまれたわたしの
はじまりのはじまりをみつめる日になった。

2016年7月17日

しんわせい

このところおはなししてた

神話みたいなものが、書きあがりました。

わたしのすきにつくりだした、はじまりのはなし。

おもったりよりもすきなのができて

うきうきしています。うきうき。

ここからどうしようか。

どこかにはばたくかな。

このところやっぱりおもうけど、

じぶんでなにかをつくれるということは

それだけでこころづよいし、たのしいです。

そして

なにかをつくってきもちをつたえてもらえるということは

そこにしかうまれないかたちになって

ほんとうにほんとうにうれしいです。

うみだしたものが

またなにがをうみだしていく。

きっと自然の連鎖みたいなことなんだよな。

生きてると忘れちゃうよろこびを

おもいだしただけなんだよな。

またわすれてもきっと

おもいがあふれたらおもいだすんだな。

2016年7月16日

おとのさち

はじけとぶ音たちを見た。

はじけとぶエネルギーを見た。

19さいのシンガーソングライター、sachi.さん✴︎

うたう彼女からは、おんぷがこぼれて、

宙へぽろぽろ落ちて、それでとびはねてるみたいだった。

彼女といっしょに。

朝劇下北沢のあとをもうひと時楽しむというコーナー

アフターJOY!でうたったsachi.さんをみて、一瞬でとりこになった。

おもいだしてもないちゃいそうなのは

生命力がかわいくて

それはもう、あかちゃんがうまれたのをみたのとか、
そんな感情に近かったからかもしれない。

うたうのがたのしすぎて笑顔が溢れてて
それをみてるわたしまでうれしくてたまらなくて

となりにいた出演者の三浦孝太さんをみたら、たまんねえってかおしてて
顔見合わせて笑っちゃった。



みんなでうたおう、と、彼女が奏でてくれたのは

朝劇下北沢に向けたワンフレーズをいれた、『オーシャンゼリゼ〜朝劇下北沢ver.』!

ほんとに嬉しくて、もうたまらずないちゃった。

みなぎるエネルギーにやられ、いてもたってもいられなくて

そのまま下北沢のカフェで、最近書いてる神話の続きを書いていた。

ひたすら書いた。

書いて書いて書いたとき、ふわっとからだがういたかんじがした。

すこしかるくなったからだで、駅へ向かった。

そのとき歌声が聞こえてきた。

絶対そうだって思って、その声の元へ足をいそがせると

やっぱりsachi.さんだった。

駅前でうたうsachi.さんは、やっぱりのびのびとおんぷをとびはねさせてた。

それがぽんとぶつかった下北を歩く人たちは

おとなもこどもも目を合わせて笑ってた。

同じものを見て、同じ笑顔になれる
同じ景色を見れる

ひととひとをつなぐ歌の妖精みたいなひとに
今日は、出会えた。



2016年7月15日

会抱の光


昨晩、こんな記事を書いていたら

きょう

まさに真っ暗な世界のものがたりをみることになった。

関森絵美さん出演
waqu:iraz03『わたしたちのからだは星でできている』

ざあざあ雨降りの中むかった横浜のホールには

入った瞬間、真っ暗な世界が広がっていて

だけどそこには、ひと、がいた。

ひとりであるくひと

だれかとであって、なにかを指差しはなしながらあるくひと

ひと、ひと、

それをみつけて、わたしのなかは、すぐにふるえだした。

わたしたちはどこからきて、どこへゆくのか

はじまりのはじまりの、こんっなちいさな見えない点

だれにもわからない、そのはじまりのわけ

このせかいはこんなにも混沌としたことからはじまっているのに

なんでひとは、ひとつのこたえをほしがるのかなあ

っておもうと、いつもさみしくてしかたなかった。


わたしにしかみえない真っ暗な世界

誰かと手をつなぎ同じ景色を見る明るい世界は、とおといけど

そのひかりにおしつぶされることもこわかった。



ものがたりの中で言っていた。

「原子と原子が出会うと
解放されて、光を放つ」

それを聞いて、わたしはとても、うなずいた。

わたし一人の真っ暗な夜に抱え込んでいるエネルギーは

誰かに出会って、初めて解放されるんだなあって

まいにちのことおもいだして、とってもうなずいた。

その時初めて、光を放つ。

光るあなたを、みつけることができる。

わたしひとりの真っ暗な宇宙

そこに眠る光をみつけてくれるのは

このほしの、そこここにいる、だれかなんだって。

おなじところからうまれて

どこかでいきてる

だれかなんだって。

こころづよいなあ。

真っ暗なひとりも、誰かと見つける光も

おなじに、あたりまえに、とおとくおもった。


舞台に立つ一人一人は、星みたいでうつくしかった。

誰かを思ったそのとき光る

その光景を見るたび、なみだがでた。

雨と涙の水分は

わたしがどこからきたのかを、無言でおしえてくれた。


waqu:iraz03『わたしたちのからだは星でできている』
7/15[金]〜7/17[日]
神奈川県立青少年センター 多目的プラザにて
http://waqu2014.wix.com/waqu-watahoshi

写真は
出演の関森絵美さんと、主宰の小林真梨恵さん。

✴︎

15のよるのことでした


ひさびさに

まっくろで、からっぽで、でもなにかに満ちたよるをみた。

めをつむるとそこは星空に似てて

宇宙の孤独に似てた。

こどものころ、砂壁の天井の部屋を真っ暗にして寝そべり

懐中電灯をそこに当てて

ひとりプラネタリウムごっこをしたことを思い出す。

光が当たると砂壁の中の砂つぶはキラキラ光る。

何もなかった部屋に、わたしだけしか知らない輝きがみつかる。

それがだいすきだった。

きょう、ひさびさに、まっくろな夜を手に入れた。

近くにあったことに気づいて、わたしはすこしほっとした。

あかるさは、わかりやすさで

日々を生きやすくするにはそれが必要で

日々をこげるようになったこと、うれしくおもってたけど

波にのまれている大切な感情がある気がしてならなかった。

だけど、今夜、みつかって、わたしはさみしさにほっとした。

砂壁のキラキラをみつけたみたいに、わたしだけの孤独をまた救い出したから。

2016年7月14日

時給0円の休日に降る雨

にわか雨が降りました。

低気圧ですこしあたまがいたかったけれど

おんがくがぽろんと、ここちよくて

水浴びの気分になったので、シャワーの粒を浴びました。

ぽろん、ぽろん、とここちよくて

湯上りは雨上がりみたいに、あたらしいかぜがながれて

ちょうど雨も止んでたな。



神話みたいなものを、書きはじめました。

今ある自然を、すきにさかのぼって、

すきなはじまりをつくっています。

わたしのすきな、アナログフィッシュの『NoRain/No Rainbow』に
「虹は雨の対価ではないでしょう?」という歌詞があります。

そのことばがだいすきで、まいにち、おもいだします。

あなたがあなたでいるだけ

わたしがわたしでいるだけ

「でも」

あなたをどうしてもおもう、わたしがいたとき

わたしをどうしてもおもう、あなたがいたとき

はじめてうまれる、はじまりを、かきたくて

ただ、かきはじめました。

イコールでむすばれない、

けれどわたしたいものをわたし、わたし、わたしてく

ギブアンドテイクじゃない

ただギブがつらなるような、

おわらないものがたりになりますように。


2016年7月13日

解体対価

シンガポールに4万9800円で行ける!と言うメールが来たり

8時間働いて7560円もらえるっていう求人を見たり

15時間眠ってしまったり

ツイッターのフォロワー数がもうよくわかんない桁数の人がいる。

いろんなひとが、いろんな時間をすごし

いろんな金額を費やす。

30000円のコース料理が美味しいと思うときもあれば

500円のラーメンが美味しいと思うときもある。

おなじひとにも、いろんな、イコールではない価値の結びつきが、日々ある。

そんなひとたちがいっしょにくらすために

いろんな価値をたいせつにするために

たぶん数字、っていうのはある。

そこでだけ1つになれば

あとは自由に選んでいいよ、っていうために。

あしたは24時間で、日給0円という休暇を選んだ。

なにをうみだすそう。

たとえばなにもうみださなかった時間を

どんなにいつくしもう。

2016年7月12日

夢の理


毎日小さなことで傷つけたり傷ついたり傷つけたり、する。

そんなことで何かを生み出すのがいやんなったりする。

「普通」に流れる日々が、わずらわしくて、いやんなったりする。

そんなふうに、日常に胃もたれするみたいなときはたまにあって

そういう状態で、ハッピーじゃない映画を観ると、胸焼けしたりする。

塚本晋也監督の映画を、制作年順に、立て続けに観てた。

『鉄男』

『東京フィスト』

悪夢みたいだった。

その色も、心拍数も、湿度も、
現実ではないって気がするのに、既視感があって

悪夢みたいだった。

『六月の蛇』

愛は追求するほどかなしかった。
本当、は、求めるほどかなしかった。

でも美しかった。

だから余計にかなしかった。

『野火』

悪夢みたいな現実だった。

どうしたらいい、って、観ながらずっと唱えてた。

こんな幸せが飽和したみたいな日常にいる自分にも、いずれは死がが訪れることを認めざるをえなくなってきて

映画の中とは違う次元で、どうしたらいい、って、すごく自分勝手に唱えてた。

そんなこと考えてたら、
生きてる時間のほうが夢みたいなんだな、って、なんとなく思いついた。

死ぬことだけは決まってるのに、
何にも決まってない、明日もわからないような時間を生きてるほうが
よっぽども夢みたいなんだなって思った。



夢みたいだけど、ひとまず弾けずここにある今がつづくかぎり

自分なら何を生み出すんだろう。

生きるとか死ぬとか

欲に正直になるとか

そういう極限に向き合ったとき

自分なら何を守るんだろう。

人が人でなくなる瞬間を目にして

人が人でいられる今

物理的でなく

心理的に、無意識に

人をおかしてしまう日常の胃もたれを、また思った。


今夜は9時からWOWOWぷらすと
『塚本晋也を語る。』

おたのしみに!



2016年7月11日

まのなか

生きてて何が一番むずかしいって

人の気持ちを思うことだよなあ

ってつねづねおもう。

生きてりゃそれなりに身についたり慣れたりしてくるかなっておもったら

ぜんぜんそんなことなくて

それどころか

生きてりゃ出会う人は増えて、大切なものも増えて

思う気持ちも増えてくる。

自分の中で大事なことは、生きるほど明確になっても

それを構成してくれるものは日々増えてく。

そんな複雑ないろんなひとのおもい、くらし、これまでを、

ぜんぶぜんぶ尊重できたらいいのになあ。

そうだったらいいのになあ。

ヒトがヒトとして生きずに

人間として生きてるってそういうことなのかな。

間を生きるってことなのかな。

空間を、時間を超えても

人間を生きていくってことなのかな。

ともに呼吸するってことなのかな。

2016年7月10日

今こそ未来だ

選挙に行ってきた。

正直に言うと、これまで選挙ってどうでもいいとおもってた。

自分の明日のことも考えられないのに

国の未来なんて考えられっこないよ、っておもってたから。

自分の小さな問題で手いっぱいなのに

国の大きな問題なんて、手が届かないって思ってたから。

でも

そうじゃないって、気づいた。

たいせつなともだちや家族と
くだらないことでわらったり、
たまには喧嘩したりするのも

その人たちとすきに過ごせる未来がないとできないことだった。

たいせつなひとなんて、っておもってるひとにとったって

すきなバンド
すきな番組
すきなお洋服

そういうのをつくりつづけられる、未来がないと。

誰かと誰かが、すきなものを描ける未来がないと。

わたしには、とてもすきな音楽がある。

誰も何にもわかってくれなくて、世界に一人だけみたいな気分になったとしても

たすけてくれる音楽がある。

そういう音楽が、わたしを、そばにいる人たちのもとにかえしてくれる。

そんなすきな音楽をつくるひとたちが
ずっと音楽をつくれる日本であってほしいってはじめておもった。

気づいたときには遅かったなあと後悔もしたけど

今日を愛せないと未来を思えない気持ちは、今もとてもわかるけど

だけど。

今日を生きられている希望がほんの少しでもあるなら

その希望の源にありがとうを伝えるような気持ちで

投票にゆこうとおもった。

わたしの1票は、
今日愛しているものへのありがとうと、
未来を愛せるための願いになれたかな。

届いたかな。

2016年7月8日

しあわせる

もうみんなしあわせになればいいのに!

って思う日がたまにある。

たいせつなひとがみんな、しあわせになればいいのに!って。

先日は鵺的の主宰、高木登さんの誕生日をお祝いしてきた。

鵺的作品に欠かせない役者さんたちがあつまって
雑多でおいしい中華屋で
雑多なようでやさしいお話をたくさんしてた。


写真にも写ってないみたいに、
高木さんの誕生日という趣旨を忘れてるだろ?みんな?!という瞬間もあったけど

なんだかそれもまた、よかった。
(いいのか?)

わたしは、そのひとの誕生日に、
そのひとをすきなひとがたくさん集まっているという状況がとてもすきで

すきなひとと、すきなひとが出会って
そこに会話が生まれることがとてもすきだ。

だってそれは、主役が生まれなきゃ
起こらなかった瞬間だから。

そんな瞬間に気づくと、
とんでもなく、
あー、もうみんなしあわせになればいいのに
とおもうのだ。

そんな投げやりなような前向きなような気持ちを抱いて迎えた昨日、七夕の朝。

朝劇下北沢に出演した。

私たちが起こす物語があって、ここに人が集う
だけど

そこに人が集うから、私たちはここに居られる。



兄役、図師光博さんの誕生日をみんなで祝って、みんなで写真撮って。

みんなが一緒に笑える瞬間がうまれたことに、心底感謝した。

こどものころのわたしがつくったうた、未だに口ずさむことがある。

「みーんなのみーんなのあつめようー♫」

このうたをうたって気づく。

わたしは、みんな、でいられる瞬間
みんなが一緒にしあわせな瞬間が
ほんとはたまらなく恋しいんだとおもう。



朝劇おわり、メンバーみんなで、七夕の短冊を書いた。

みんなの願い

ぜんぶぜんぶ、叶ったらいい!

叶います!

そう、おもった。


2016年7月6日

うつくしのえそら

すきな映画や舞台や音楽に出会えて

すごくしあわせにおもう。

自分の現実に直接は関与しないひとやものが

こんなにもわたしの現実をうつくしくしてくれるなんて

っておもうくらい。

こんな無意味なことが

こんなしあわせにしてくれるんだって知って

芸術のこと、はじめて本気ですきになったきがする。

芸術は嘘をつかない。

よそ見をしない。

きちんとわたしの現実にかえしてくれるし

照らしてくれる。

認めてくれるし

許してくれる。

きのうのこと、いまのこと、あしたのこと

きちんと向き合って、愛せるようにしてくれる。

現実に目をそらせるから愛せるんじゃない。

それを実感した。

『一人だったわたしを救ってくれた音楽』みたいなのだってもちろんすばらしいっておもってた。

だけど

『誰かと生きようとするわたしを許してくれる芸術』も

ちゃんと、そこここに、あったんだなあ。

2016年7月5日

鼓動の孤独

さぐりあうのと
たしかめあうのは
似てるようでまったくちがうことなのだなあ
ということに気づく。

どうか、このことばがやさしくきこえてほしい、ように。

どんな状態でもぎりぎりで触れぬようにするのか
どんな状態でもぎりぎりでも触れようと試みるのか。

それでも、てをつなぐために

しんじ、しんじてもらう希望を抱いて

だれかと、いたいなあ、とおもった。

しんじないための攻防が必要なこと

疑いが互いを守ることもあるけれど

分かり合えることを過信してなんかないけど

だからこそ、指先だけでも、どことどこでもいいから

触れ合える場所を探したっていいとおもった。




そんなことかんがえてたら

ハンバートハンバートの『バビロン』をおもいだした。

人が人で生きてる限り、その人のリズムがある。

同じリズムの人なんていないから

同じ瞬間に拍子を打てる、目と目の会う瞬間の尊さをかみしめたらいい。

お互いの波が行き違い、一番遠くなる瞬間は

あなたのリズムを、波の音を、とおくでしっかりきけたらいい。

別の鼓動を聴いて生まれてきて、別の鼓動を打って生きている

だけど、

だれかの鼓動を聴いて生まれてきたことも

今鼓動を打っていることも、

おんなじなんだもんね。

2016年7月2日

循環の純度

7月がやってきました。

7月ってひびき、さわやかで、すきです。

このごろ日常がたのしいのは

未来のことがたのしみになったからだわ、ってことに気づいた。

いちいち
いまいま
こまかに、よい。

くらし、をたのしむことを、たよりにあるいてたころもあって

くらし、がたのしい、いまとは、ちがうふしぎ。

朝劇『朝が起きたら』で書いた
「明日のこともわからないのに、10年後のことなんてわかるわけないじゃないですか」ってセリフは

どちらかというと、くらしをたのしむことをたよりにしている、ことば。



去年、関森絵美ちゃんの企画ライブに出た時にもらった白紙の絵本みたいな形のノート。

「好きなこと書いてね」って末尾に書いてあった。

あの時から、こころに好きなこと描けるようになった気がしてた。

それでいま、やっとそこに、好きな未来を書いてみた。

この間また贈り物で素敵なノートをいただいたので

こちらには、叶えた今を書いてみた。

ふたつのノートを書いてみたら、
きちんと互いがめぐるようなかんじがした。

たしかなことなんてわからない。

でも、いつか間違いになったって

いま、こころで感じることは確かだよなって。

いまが育って、いつかが育つ

それでいまがたしかになって、いつかがたしかになる

そんなことをおもえるいまがまた、たのしくなる。

いまといつかが循環できることが
たいせつなんだなあ。