このたび、株式会社ギフトに所属いたしました。

平日チーム
『リブ・リブ・リブ』限定シャッフルキャスト公演
@下北沢CONA
9月27日(水) 9:00
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『いつものいつか』(脚本)
@下北沢CAFE VIZZ
9月10日、17日、24日(日)9:00
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◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』
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シンクロリウム『ロングスリーパー』
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◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2016年4月30日

ひだまりまりか

4月の終わりに、もうひとつ、いいそびれたこと。

「あなたの笑顔に」ということばを、いただくたび、ハッとする。

笑顔、ということばに、わたしが繋がるってことが信じられなかったから。

わたしから笑顔が連想されるなんてこと、おもってもみなかったから。

なんて言ったらとても深刻そうだけど

だけどほんとにそうだった。

わたしは笑うのが得意じゃなかったし

笑うのがすきじゃなかったから。

長いこと、そうしてきたから。

笑顔は、つくるものだった。

でもいまは、湧いてくるものになった。

心の筋肉がほぐされて、鍛えられたら

顔の筋肉もほぐされて、鍛えられていたみたい。

かたくして守らないといられなかった心が

やわらかくしていても、守れるようになれそう、みたい。

笑えるのは、笑っていていいよって、そこにいてくださるひとのおかげ。

そして、たくさんの時間のおかげ。

次の出演舞台『悪魔を汚せ』は

若く柔らかい感受性と、それを守るための固い鎧をもった役柄で

また、鎧を取り出すこの頃。

稽古をおえ、物語から出ると
深呼吸をして、大好きな人たちを思い浮かべる毎日です。

帰れる場所があるから、大丈夫。

笑顔の似合うひだまりをたよりに、

かたく、やわらかく
せまく、ひろく
自在になれそうな気がしています。

ありがとう。ありがとう。

してん

パッと顔を上げると、4月が終わる。

なんなら息をするのも忘れてて、たまにハーハーしたりしてる。

昨日、外に出たら、風も陽もからだにあまりにここちよくて

ここ数ヶ月のいろんなことが、リセットされた気持ちがした。

いつから走ってるのか、どこが始まりだったか、なんてわからないけど

なんだか妙に、からだがかるかった。

ひとつひとつと戦いを終えて、一番削がれた状態になったからかもしれない。

とてもすがすがしくて、ああ、ここで一区切りなのか、とからだが教えてくれた。

4月だけでも、たくさんのことがあった。

大挑戦の朝劇広島だって、まだ4月のこと。

朝劇下北沢平日チームの、3ヶ月一区切りを走りきったのも、この間のこと。

平日チームは、曜日設定からはじまり、いろいろに挑戦を盛り込んでいて

だからこそ、もっと中身のある、温みのあるものを守ろうとみんなでつくってきた。

たくさんのお客様がみにきてくださって、またあたたまって。

きっと、わたしたちの挑戦を受け取ってくださったから、お客様も力強い応援をくださったのだと思った。

何かを生み出すときには、それなりの覚悟と責任が必要で

それを全部、なにかあったかいものでくるんで渡せたら、っていつも思う。

そんなわたしたちに呼応してくださったことは、ねらいでもなんでもなく、本当に予想もしないことだった。

でも、何かを生み出すって、そういうふうであったらとてもいいなって、すごくおもった。

うまくいえないけど。



それはたぶん、好きな人に好きって伝えることが、誰かの明日をつくるみたいなこと。

そういうとても、ちいさくて

だけど人と人の間に何かをふくらませてゆけるもの。

出会えたものを守るには、いつもみずみずしくあるには

心を真ん中において、
大きく手を広げて、
ぜんぶ抱きしめられるように、
ぐぐっと手を伸ばしてゆきたいなあ、とおもった。



心の位置が、なんだかよく見えるようになった、4月だった。

風がやわらかいおかげかな。

たくさんそよいで、ゆれて

ころがる真ん中をみつめて

季節をこえてゆきたい。

2016年4月25日

あさをともに


朝劇下北沢感謝祭-asatomo-

たくさんのみなさまにお越しいただき、本当にありがとうございました。

行きたい!と思ってくださっていたかた、本当に本当にありがとうございました。

朝劇下北沢メンバーみんなで
何よりも「ありがとう」を伝えられる時間を、と、迎えたその時は

ひとりひとりの、それぞれのかたちの「すき」で満ちていて、茹だってしまいそうなほどでした。

お客さまも、あつくあつく、笑って泣いて、受け止めてくださって。

あ。思い出して泣いてしまう。

笑ったら笑い返すとか

怒ったら一緒に怒るとか

泣いたら一緒に泣くとか

喜んだら一緒に喜ぶとか

すごく原初的なことだけど、そんな風にいられる関係って、

大人になったらすごくすごく尊くて

心強くて

ありがとう、っておもいます。

茹だってしまいそうなその空間は

もやがかかって夢みたいだけど

わたしは、夢じゃないって、信じてます。

それは、朝劇メンバーがお互いとても向き合って、たまにぶつかり合って、大好きって伝え合ってここまで来れたと思うから。

向き合う痛みと、強さを、わたしに教えてくれたから。

笑って朝を迎えるまでに

たくさん夜を越えているから。

「現実は現実、受け止めて強くなれ」

あなたをきちんとみつめてるから

わたしは自分を

やさしいことを、つらいことを

きちんとみつめられます。

いつも、こころで、ハイタッチで、触れてくださって

本当にありがとうございます。

これからもどんどん、つよくやさしくなっていけますように。

感謝を込めて!

2016年4月22日

とびだせ!福永マリンパーク

「ケラリーノ・サンドロヴィッチさんみたいになるのかなあとおもった」

と、昨年、自主企画『とびだせ!福永マリンパーク』をやったとき、来てくれた方が言ってくださりました。

おこがましいのでここでひっそり書きますが

そんなことばがまだのこっていた4月の、きのう

WOWOWぷらすとで、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんにお会いしました。

記録としてその事実を残しておきたくて、言葉を書いているのですが

果たして何を書き残したらいいのかわかりません。

いちばんうれしかったのは
朝劇下北沢に興味をいだいてくださったことで

不思議なもので、我が子が知ってもらえたようで、
心の中で朝劇下北沢をなでなでしていたりして。


わたしなりにすすんできたこと、これからもすすんでゆくことを
なんとなく、オッケー、と確認できたみたいな時間でした。

なんでだろう。

わからないけど。

ツイッターのリプライでケラさんから頂いた「お互いがんばろ」と言うことば

憧れてばかりじゃなく

そうだ、おんなじにわたしにもある生み出すエネルギーを認めようって

そう思ったら、なんだかまたひとつ、腹がくくれました。

今、お会いできて、ほんとうに良かった。

失敗を恐れず、変化を恐れず

すすんでゆこうとおもった4月のおわりでした。

2016年4月19日

あくなき世界

来月の出演舞台
鵺的第十回公演『悪魔を汚せ』

稽古が始まりました。

小さな世界の小さな話を、小さな劇場で

ぐっと凝縮した時間をつくります。

血のように濃く、たくさんの複雑な情報が詰まっていて

だけど取り替えようのない、という意味ではとても単純な時間、なのかもしれません。

昨日、初めて台本をいただいての本読みで
目がキラキラしていた、という言葉をいただきました。

悪魔を汚せ、なんてタイトルなのに。

わたしの血が騒いだのかもしれません。

丁寧に、丁寧に、この物語に脈々とながれるものをたどってゆきたいとおもいます。


鵺的第十回公演
『悪魔を汚せ』
2016年5月18日(水)〜24日(火) 
@下北沢駅前劇場
作:高木登/演出:寺十吾

チケット発売中




ルールとルーレット

まいにち書くのがポリシーだったブログを

まいにち書かなくなりました。

全然それをいいこととは思わないし

いつもはがゆいし

よくないなあって思っちゃうまいにちですが

それもまた、いまなのかなあとおもったりして。

守ってきたことを

やぶるのか

変えるのか。

どうなのかはまだわたしにもわからないけど

変わることと守ることを隣り合わせに持っていられるようにあろう、とおもいます。

くだらなくても守るルールの意味だって知ってるし

くだらないルールの無意味さだって知ってるけど

いまこの瞬間を一番大切にする方法は、その都度違うんじゃないか?って

自分ルールに問う日々です。

2016年4月14日

八転び九起き

朝劇広島『朝が起きたら』
無事に終演いたしました。

まだあたまがポヤポヤしていて、心もふるふるしていて、ちょっと触ったら泣いちまいそうです。

朝劇広島の起こる前日のわたしのうしろには
300人くらいのわたしがいて

その全員分のおもいをかんじていました。

そして、東京でいつも朝劇を好きでいてくださる皆様のおもいもしっかりと届き

飛距離分のおもいの量をたくさん抱き、そこに立ちました。

物語の中に生きている時、またその役として、広島出身の一人の人として心のうちに起こることもやまほどありました。

はじめて抱く感覚で、生きている、とおもいました。

そこにいるひとりひとりを、心底愛おしくおもいました。

生きることってすごいなあ、とおもいました。

そんなふうにすごした物語の外で、みてくださったお客さまが、本当にうれしい表情や言葉、おもい、ハイタッチをくださりました。

生きることが伝播して、ちゃんとだれかの生になったんだなあ、と感じました。

朝劇広島、に取り組むあいだ、ひたすら感じていたのは
愛がすべてだなあ、ということでした。

不眠不休で取り組んだ朝劇広島

メンバー全員がバラバラにならずやってこれたのは、この朝を届けることへの愛だけは誰一人としてゆるがなかったからです。

絶対に大丈夫だよって、心で手をつないで、見えなくなりそうになったら本当に手をつなぎあって、たどりつきました。

そして、その朝にいてくださったお客様、十日市アパートのおひとりおひとり、朝劇を好きでいてくださるかた

ぜんぶぜんぶ、愛でした。

うそみたいだけど、愛だけじゃ生きていけないけど、最後に愛が救ってくれました。

信じさせてくれました。

だれかの愛がまた、だれかの愛になりました。

理屈抜きに、生きていてよかった、と思いました。

本当に本当にありがとうございました。

実はまだまだぜんぜん胸がいっぱいで、かみくだしきれないおもいです。

なにせ300人のわたしがそこにいて、たくさんの視点からみたそのときがあったもので

まったくつたえきれませんが

またそれは、日々のなかでぽろりぽろりと渡したり、次のプレゼントにかえられたらしあわせにおもいます。

たくさんの応援、おもい、贈り物、
本当にありがとうございました。

つぎへ、ゆきます。

あの日に、今日に、感謝を込めて。

2016年4月9日

朝を起こしに

ついにこのときがきました。

朝劇広島。

昨年の12月、朝劇メンバーの関森絵美さんとの何気ない会話

そのときたまたまわたしが広島に一人旅行に行こうと思っていると話したところ、
「一緒に行こうよ!」となり、
ともに広島へ出かけた年始。

そこで、ぜったいに朝劇広島を開催する!と心に決めました。

それから、きょうまで、歩いたり走ったりたまに眺めたりしながら

だけどあっという間にたどり着きました。

今日ここに来て、なんだかざわめきが止まらないのは
あのときと、あのときと、あのときと…もうたくさんの瞬間のわたしが一斉に今のわたしを見守っているからで

もとをたどれば朝劇に出会った2年前のわたしも、もっともっと前のわたしも

今日のこの日を、よかったねえ、と眺めています。

おもいはたくさんありすぎて、どれをことばにすればよいのか、まだわかりません。

だけどきょうのこの日のわたしが一番強くおもうのは

今、わたしたちは、たくさんのひとりひとりのエールを背にここに立っているのだということです。

こんなこと、ここまでつよくおもったこと、あったかな。

いつも近くで応援してくれているかたの、遠くからのエール

いつも以上に心強く感じます。

こんなにたくさんのひとりひとりに、支えていただいているのだなと、改めて実感しております。

月並みですが、月並みなことを、実感を持ってことばにできるしあわせです。

ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます。

この公演をおもってくださるすべてのかたに愛をこめて

そしてその愛が広島に届きますように。

いってきます!

2016年4月6日

わかつ

本日はWOWOWぷらすと『ホドロフスキーを語る』でした。

わたしは、誰かが自分の頭の中にあるものに触れながら語る顔が大好きなのですが

『ホドロフスキーのDUNE』でのホドロフスキーはまさにその顔で、一目で好きになりました。

真理が存在すると思うこと自体がロマンだ、とは思うのですが

核みたいなものにできる限り近づいていこうという感覚はわたしにもすごくあって

その方角のようなものを幻想でも、感覚的に感じていると言う事実が真理だと思うし

ロマンでも現実だとおもっています。

そういうところに触れようとしてもゆるされるのが、何かを作るということで

空論と捉えられて終わってしまうようなことを作品にできる、というのは、素晴らしいことだなあと改めて感じておりました。

分かっても触れないものもあれば
分からなくても触れてくるものもある

ホドロフスキーの作品は、きちんと痛みがあって、その意味でよくわかるなあ、と感じました。

本日のぷらすと、ありがとうございました。

2016年4月3日

ひとかわ、むきあう

ふいに訪れた久々の休日。

ひとつき以上、とまることなく動いていたんだと思う。

眠っては起き、起きては眠り、を繰り返し

身体の感覚から、もう継接ぎ状態だったんだなあということを知る。

身体がぼろぼろでも、心がぼろぼろでも、どちらでもよくなくて

限界の時には一度やすんだほうがいい。

自分の中からはみだしたそれは、ひとにもやさしくなくなってしまうから。

ふう、と息をついたら

いままでもらったたくさんのことばやおもいが、蓋を取ったみたいに染みてきて、なんか泣けた。

ほんとうに大切なものが増えちまったなあとおもった。

大切なものや、好きなものが増えるほど

傷つけることや傷つくことも増えていく。

でもそれでいいんだな、きっと。

この一年で知ったのは、人と、ちゃんと触れてみる、ということで

そこからはじめてうまれる感情や事象に、振り回されながら、泣きながら、もがきながらも

そんなことを超えて一層、ひとを好きになる毎日です。

ごめんねとありがとうの繰り返しを、ずっとずっと続けていくんだろうな。

それでも一緒にいたいから

逃げないから、ね。

いてくださる、ひとり、ひとりに

たくさんの、ありがとう。ありがとう。

2016年4月1日

生き活き

4月1日。

フリーランスになってから、まるっといちねんがたちました。

あたまっから、おわりまで、ぴっちりと仕事をしてきたことに気づき

今、今、を送る間に一年が経ったのだなと感じます。

最近、生きる、ということについて一層よく考えます。

一年前だってずっと考えていたけれど、
生きる、ということに含まれる意味が増えた気がします。

今考えればそれは、もっともっとロマンチックなものだったなあとおもいます。

何かに目を伏せて手に入れる、純度や、鮮度。そういう、生きる。

だけどいまは、すべてをあるがままに受け入れて、生きる、ということを探し始めました。

お金
時間
仕事
人間
身体




生きる、ことに含まれるもの
一見チープなことばもある。

でも今手に取るそれらは、まえよりずっとチープじゃなくて、中身の詰まったものだと思う。

夢は実現すれば現実になる。

対局だったようなふたつは、おなじものになる。

だけど、その二面を共存させ、重ね、また膨らませていくのが

いまのわたしにとって、生きる、ということになりました。

またあたらしい一年のはじまりです。

もうひとまわりゆたかに、生きる、そんな日々となりますように。

本年度もどうぞ、よろしくお願いいたします。