このたび、株式会社ギフトに所属いたしました。

◎出演決定
演劇女子部『一枚のチケット〜ビートルズがやってくる!〜』
2017年11月27日(月)〜12月3日(日)
紀伊国屋サザンシアター TAKASHIMAYA
詳細はこちら

平日チーム
『リブ・リブ・リブ』(出演)
作・演出 原将明
限定シャッフルキャスト公演
@下北沢CONA
12月6日(水) 9:00〜
ご予約はこちら

日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
11月25日(土
12月3日(日)23日(土)30日(土)
9:00〜
ご予約はこちら

朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』(出演)
作・演出 松澤くれは
@CAFE VIZZ
11月18日(土)19日(日)
12月9日(土)10日(日)16日(土)
9:00〜
完売いたしました。

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』
ご視聴はこちら

シンクロリウム『ロングスリーパー』
ご視聴はこちら

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2017年10月30日

いとせず

大事なことならばまた思い出すしいいか

とおもっていたのだけど

やっぱり
感じたことはその瞬間に伝えたほうがいいような気もしてきて

移動の隙間に必死で書き残す。

なによりも

感じるのは意外と簡単かもしれないのだけど

感じたことを人に一番よく伝わりそうなことばをみつけるのは

とてもとてもたいへんなことで

その糸のさきって

出てきたとおもったら次の瞬間にはどこかへ行っていて

二度とその糸を引き出せなくなってしまって

その長い糸のお尻にあるものになんて、一度も出会えずに終わってしまったりしそうで

やっぱりその瞬間は逃しちゃいけないみたいだ。



おなじひとの、おなじ位置につく、おなじ瞳にも

そのときによってうつるものはまったくちがっているようで

あのときそうは見えなかったことが

いま、そう、見える

ということをとてもよく感じるようになった。

じぶんひとりのなかでそんなにもおおきなちがいがうまれるのだとしたら

他人と自分の目にうつるものがちがうのなんて、ほんとうにほんとうにあたりまえのことで

ものすごく納得がいったような感じがしている。

日々を生きてるってあんまりにもそういうことで

だからこそ今見つかった糸のさきは

今しかつかまえられない。

それが正しいか、良いか、そんなことではなく

今見つかったことは今しか実感を持って見つけられない。

それは、誰のも、どんなのも

おんなじに尊い。

それだけのこと。

2017年10月28日

ういやつ

おしらせです。

11月27日に開幕する
演劇女子部
『一枚のチケット〜ビートルズがやって来る〜』
配役とビジュアルが発表になりました!

なんとわたくし、
今回初めての男役に挑戦いたします。

大声では言えないけれど
自分の男装を割と気に入っています。

男性を生きるってどんな感じなんだろう。

いっしょにつくるのは全員女性なので
そのコントラストも感じながら臨めそうです。

ホームページにてぜひご覧ください!



また、本日よりチケットの一般販売も開始いたしました。

先行予約、ご応募いただいたみなさま
ありがとうございました。

取れなかった!というお声もたくさん聞いたので
よかったらこの機会にご予約いただけますとうれしいです。



ひそかにたのしみにしているのは

はじめての紀伊国屋サザンシアターに立つことです。

この仕事をして15年が経つ秋のご褒美のようにも感じます。

劇場、男性役、歌、ダンスと
あたらしいものへの挑戦続きになりそうです。

初心にかえって、
きらめく憧れまでも胸にしながら
どしんとそこに立っていようとおもいます。

たのしみにしていてくださいね。

2017年10月27日

日の出映写

午前4時前に
なぜかすっと
目がさめた瞬間、からだが起き上がろうとするみたいにして

起きた。

予定まではまだまだ時間があって

もう一眠りもできたけど

ああ、そうだ、こういう時こそ映画を観よう

とおもいたち、DVDを観た。

映画を観るのはいつも、眠れない深夜だったり
映画を観ているから眠れない深夜だったりなので

目覚めてすぐに映画を浴びるのはなんだかあたらしかった。

みているうちにあさひが差し込んできて

地球といっしょにめざめてゆくみたいなかんじもした。

コーヒーまで飲めたらさいこうだったけど

出かける時間になってしまって
朝ごはんまででおわってしまった。

10がつがおわる。

まいにちいそいで、あれもこれもしてたはずなのに

まいにち片付けきれないまま
10がつがおわろうとしてる。

ふむ。こまる。

こまってるばあいじゃないけど、こまる。

でも部屋はふしぎと片付いていて清いです。

はやくかえりたい家があるのは
とてもいいこと。

2017年10月26日

リズムの海を歩く

高校時代の自分の身体性をとりもどしている感覚がとてもつよい。

毎日すべての授業がおわり放課後になると、

そのまま机に向かい、その日やるべき宿題を日が暮れるまでやって

そのままの速度で40分以上ある道のりを歩いて帰る。

その間、わたしのなかにはずっとおなじ速度のリズムが流れていて

たぶんBPM125くらい、

ほかのだれかがわたしのリズムに、視野に、介入することはなくて

その日やることがおわるまで
そのリズムを刻み続け、その速度で歩き続けている感覚だった。

リズムがゆるやかになるのは

帰りしなに寄るスーパーマーケット。

そこで、夕飯の食材を選びはじめると

川が合流するみたいに

あたらしいリズムがはじまる。

BPMは20くらい。

そうしてゆっくり、夕景や夜景をながめたり、きょうのことをおもったり
かおりをかんじながら歩いて

家に帰り着く。



BPM125も
BPM20も

どちらもきっとわたしの、わたしだけの、リズム

それをスイッチさせるすべももっていたし

そのリズムを自然にわきおこしていた。

あらゆることがはかどったり

とてつもない集中力でひとつひとつを片付けてゆける

余計なこと、余計な不安はなく

やることをやる、ということがシンプルにできる。

そういう、あのとき自然にできていた感覚を

ここひと月ほど、取り戻せている感覚があることに、今日、気づいた。

それはわたしにとってものすごくうれしいことで

ここちよいことで

こころとからだと脳みそが
いっしょになって汗をかけるような感覚で

1日を終えようとよりみちした喫茶店で店員さんと話したとき

からりとした笑顔になれてうれしかった。

からりと生きられる感じがした。

からりと生きる人に心底憧れる。

自分に対しても、他人に対しても過不足なく

そういう人に憧れる。

自分のリズムを刻むことが

他人のリズムを聴いたり触れることになって

乱されたり、乱したりすることなく

ときに意図せずおなじタイミングで手を鳴らし

からりとした音が響き渡るだろうか。

2017年10月25日

猫と僕と君

エンケンさん。

ライブで見た。エンケンさん。

ものすごくかっこよくて

なにか、こう、エンケンさんの全身からあらゆるながさの布切れのようなものが
はみだしておよいでいるのが
メデューサみたいなイメージでずっと焼きついていて

実際にそんな服装をしていたどうかは不明なんだけど

なんかすごい、そんなイメージが焼きついていて

いつも、いまも、
ここで歌うことがある

って感じがすごく鮮烈だった。

いま、ここで歌うことがあるひとがうたう

うたに限らずなんだってそうだけど、それってすごくいいっていつもおもう。

それはメッセージとかそういうことでなくて

うたうしかないことがある、というような。

とてもとても、すてきだった。

たぶんきっと、勝手ながらに

エンケンさんにはいつも、いま、うたうことがあって

いまこの瞬間もずっとあるんじゃないかとおもっている。


2017年10月24日

ええんやで

「えーまた麻婆豆腐?」

「うっ…でも毎日豆腐がやすいんだもん…」

みたいな定番雑記を書くのが嫌なのだけど

毎日ご飯をつくるかあちゃんえらい。

あのおうちの麻婆豆腐、なかなかたべれんくなるで。

ええ店で食べる山椒の効いた麻婆豆腐はごっついうまいけど

あのおうちの麻婆豆腐、やさしくてなかなかええで。

かあちゃんもたまには、外食せえへんと

そりゃ自分のつくったもんばっか食べてたら飽きてまうし

人にご飯作ってもらうって
待ってたらご飯が出てくるって

めっちゃめちゃええもんやで。

はーこれうまいなどうなってんのーゆうて

そしたらあしたの晩ご飯
ぱぱぱーってうかんで

また美味しいもんつくれんで。

あ、べつに父ちゃんだって、お子ちゃんだってええんやで。

誰でもええんやで。

誰でもええんやけど
なんとなく毎日作らななーって疲れてもうたら

人の味、たんのうするとええで。

わいも人の味たんのうしてきたら

関西だしの文章書けたで。

2017年10月22日

ぼーとにのって

あらしだ。

だいすきなコートを着て
長靴を履いて
選挙にいった。

それでよるまで
喫茶店でアイリッシュコーヒーとケーキ。

かんぺき。

あったかいセーターも着込んでいるし
すこしのウイスキーがきいて
とってもあったかい。

からだがあったまると、調子がよくなる。

寒くてすこしからだがやられていたけれど
選挙にあつまるひとたちや
喫茶店ではたらくひとたちをみて
だいぶ元気になった。

ありがたい。

この服を着て、このお店に行って、これを飲もうとか

なにを食べようとか
どんなじかんをすごそうとか

そういう日々のすべてを
わたしは投票だとおもってる。

わたしの日々にあってほしいものが

ちゃんとそこにあるように

しゅんとしたりいなくなったりしないように

ちいさなわたしだけれど投票していたいとおもっている。

えらぶことに手を抜いて

いっしょう会えなくなるのはかなしすぎる。

そんなにたいそうなものでなくったって

もっと感覚的に

いいかおりのするほうを、ちゃんと。

そうそう、そもそもはそんなにたいそうなものじゃなくって

ただじぶんのいたいところに
いつもいるだけなのだよね。

2017年10月21日

静なる

家でおやすみすることにした。

わが家はいつも基本的に
小さな灯りしかつけない。

テレビもないのでとてもしずか。

刺激は少ないほうがいい。

情報は少ないほうがいい。

家にいるときくらいは、
静かに静かにいたい。

ずぅとつかってみたかったろうそくに火を灯してみたけれど

あんまりすてきで
いっしゅんでもったいなくなってしまって

すぐに灯を消した。

ひとりでゆっくりみたかったはずなのだけれど

ひとりではもったいなくおもってしまった。

かわりにいつものろうそくを灯した。

替えがあるからほっとしてながめた。

むかしから、旅行の当日の朝が苦手だった。

たのしみのはじまりは
おわりのはじまりだから。

そんなこといってたらなににも出会えないってわかったはずだったけど

いくつになってもやっぱり、さみしい。

だから刺激の少ないのがすきなのかもしれない。

うれしいもたのしいも

ちょっとくるしい。

2017年10月20日

はまる、と、どうでもよくなる

どうでもいいことにして

どうでもいいことにして

どうでもいいことにしているうちに

ほんとうにどうでもよくおもえてきて

どうでもよくなってしまうのはさみしくて

さみしいということはどうでもよくはないようなきもして

でもすてられないようふくとか

みつけるまでそのそんざいをおもいだしもしなかったのに

みつけてからきゅうに、おしくなったりするもんだから

どうでもいい、は、どうでもいい

なのだなとおもったりして。



いちどはまったら、おんなじものばかりたべてしまうせいかくなので

なるべくばらんすのよいものに、はまることにします。

2017年10月19日

秋茄子嫁に食わせたい

きのうはお昼に焼き秋刀魚をたべて

夜はおうちで
なすのバターしょうゆ焼き
焼きなす生姜醤油
なすとベーコンのくるみだれスパゲティ
をつくりました。

前菜には、赤かぶとしかくまめを
お塩ともろみそで。

旬のものをこれでもかとたべたら

噛むたびに栄養がからだにしみてゆくかんじがして

からだも「まってました!」ってさわいでた。

むかし、栄養の資格を取ったので
栄養学的にも旬のものはからだに必要な栄養をくれるって学んだけれど

実感として、わかるよなあ。

自然というのは理にかなっている

というか

たんにじぶんも自然の流れの一部なのだなあ。

それと、ひさびさに家にひとをまねいてごはんを作れたのもうれしかった。

だれかいないと、やっぱりごはんをつくるには、はりがないんだよな。

つくりながらたべちゃったり
てきとうにもりつけちゃって

食事をした、ってかんじがしない。

作業の一部ってかんじ。

このまえともだちにごはんをつくってもらったのも、うれしかった。

お店で食べるおいしいごはんと

おうちでたべる手料理は

やっぱりちがう、おいしい、があって

おうちごはんは、わたしには格別。

そろそろお鍋のことしか、考えられない季節です。

2017年10月18日

さいぼう

きのう、初対面の人と話をしていて

ふだん顔見知りの人にははなさないようなじぶんの情報をはなしていたら

ふと、とてもすとんと

ああ、わたしって人に恵まれているんだなと、わかった。

理解した、というのはこういう瞬間のことをいうのかもしれなくて

なんだかものすごく、わかった。

あのすてきなおみせのすてきさを知っているのも

あのひとのおもしろさを知ってるいるのも

あのごはんのおいしさを知っているのも

あの時間のたのしさを知っているのも

あの映画のおもしろさを知っているのも

ぜんぶだれかのおかげで

ほんとうに人に恵まれている。

わたしの恵みはわたしのまわりのひとがくれている。

そんなことをふと、ちゃんと、わかったものだから

ついついかきたくなってしまった。

だれかといきることは

ひとといきることは

じぶんをいきることで

その逆もしかりだということを

手に取るように感じる数ヶ月だなあとおもっている。

だれかにもらって
じぶんのなかでそだてて

わたしの血肉になったときに
やっとだれかの存在を
ちゃんと認識できるような気がしていて

そのためにもっとひとりで立ちたいし
だれかと歩きたい。

2017年10月17日

おしはかったり、おもいやったり

おしえるのってとってもむずかしい。

だから、おしえるのがうまいひとは、とってもすごい。

おしえるのがうまいひとは、

そうすればよい、というのでなく
なぜそうなのかをおしえてくれる。

もしくは
なぜそうなのかをいっしょにかんがえてくれるか
なぜそうなのかかんがえるじかんをくれる。

1+1=2だから1+1=2

ではなくて

なぜ1+1=2なのか

そのことをかんがえさせてくれる。

そのしくみがわかったひとは
2+5だって
10000+5800だってできる。

行動の指示でなく
考えたかたを指導するのは
とてもとてもむずかしい。

じかんもかかるし
ひとりひとりの思考回路によりそう根気がいる。

だけどその時間をすごせたひとは

ひとりでかんがえられるようになる。

どんなおしえのなかからも
じぶんのかんがえやことばを抽出できるひともいて

そういうひとは、おそわるのがうまいひとかもしれない。

おしえるのも、おそわるのも
根気がいるしおもいやりがいるね。

そのことをとてもよくたとえていた知人のことばに、とてもすっきりしたことがあるけれど

もったいないからひみつにしておくね。

じぶんで、じぶんの感覚にしっくりくることばをみつけるのも

とってもいいおしえ。

じぶんからの、おしえ。

2017年10月16日

わくわくわーく

近所のスーパーのおにいさんの仕事ぶりがすき。

近所のコンビニのおねえさんの仕事ぶりがすき。

ふたりとも、なんというか
自分の仕事ぶりやそのリズムに"ハマっている"かんじがあって

そのかんじがすきなのだ。

よく、ひとをみて「なんでそんなにがんばれるのだろう」とおもうことがあったのだれど

最近、それは単に「そのスピードでなければ5メートルも走れない」ということなのだろうなあとおもう。

じぶんがいちばん心地よく走れるスピードやリズムがあって

それは他人からしたらものすごくハイスピードで、ようできるなあ、とおもわれるものだったりするのだけれど

きっとそのスピードやリズムでしか走れない。

ただそれだけのことなのだな。

これっくらいのおべんとばこに

予定を予定をちょいとつめるまいにち。

きのうは会いたい人に会えてうれしかったな。

いい顔で話していたな。

今月は無理をしてもすきなものや人に会いにいく。

年末まで走る栄養。



あさって朝劇下北沢出演です。

『リブ・リブ・リブ』
シャッフルキャスト限定公演。

実は今回、店長役やってます。

わたしの働くリズムがみられるかもしれません。

伊達に飲食店で長いことバイトしてこなかった。

みなさまの朝をおもてなししますので
ぜひいらしてくださいね。

10/18(水)9:00
CONA 下北沢
朝食ドリンク付き 2500円
(日曜日よりちょっとやすいよ!)

2017年10月15日

いーすと

主義、と
すき、と
習慣、と

それらは似ている顔をしていてまったくちがう。

きのうは雑記を書きそびれて少し悔しかったけれど。

そんなくだらない自分のきまりをやぶることはどうでもよい。

じぶんがじぶんのおもうことにすなおであること

ぱんをこねてばかりいたあの夏の

芳醇な時間について。

2017年10月13日

リアス式海岸

うれしさになみだがにじむかお

祖父や祖母が、ひさびさにあったときに
わらった目のしわのあいだににじませてくれるなみだ

あのかおがわすれられない。

あのかおを、だれかのかおにみつけると
なんともいえないきもちになる。

うれしいってとても、複雑なきもちなのだ。

いろんな瞬間をこえてあえた、たどりつけた、やっと手に入れた瞬間なのだ。

とてもとてもたいせつな、そのひとの日々のごほうびなのだ。

ひとのうれしいをじゃましちゃかなしい。

ひとのうれしいがわきだすのを、せきとめちゃかなしい。

うれしいをいだけるうれしさを
どうにかずっとまもりたい。

かんたんなことじゃなくて

みんなみんなのをまもれるわけじゃないけど

せめてじぶんのうれしいだけは
ちゃんとまもりたい。

さいきんは、うれしい、についてばかり
しつこいくらいかんがえている。

柴田聡子さんの『責めるな!』がぐるぐるまわる。

2017年10月12日

湧き出すきょう

おはよう。

その日のちからの限りを果たすことは

つぎの日の潤滑油になるのだなと、からだが気づく。

朝起きるとき、上体を起こすリズムのメリハリ

外へ出て、まばたきするときの、まぶたと目のすべりのよさ。

あれだけくたびれていた夜をこえて

これだけ生気のある朝を感じると

1日の節目というものをなんとなく感じる。

息を吐き切ると、よく吸えるみたいに

ちからも出し切ると、きれいに湧きだすのかもしれない。

そういうからだのしぜんなながれをかんじて、とてもとてもここちがいい。

きょうはよるに、揚げなすのスパゲティを作りコーヒーをいれるところまでが目標。

よきひを。

2017年10月11日

脳内キャンプファイア

きょうのかぎりをすごした。

あさってぶんくらいまですごした。

きがついたら10がつもそれなりにすぎていた。

いちにちでみっかぶん走っても。

いちにちのながさは、そういういみでまいにちちがう。

いまはまいにちみっかぶんくらいはしってほしい、わたし。

あたまのなかで
遠き山に日は落ちてとうたってる。

そうぞうのなかなら
じくうをこえられそうだけど

よくきいたことのあるリズムで
きょうのわざをなしおえる。

2017年10月10日

バイザシー

そうかんたんにはかわらないけど

ふりかえったら、ぽっといつのまにかわっていることがある。

革命みたいに一瞬で傷は癒えないけど

予期せぬタイミングで解放に気づくこともある。

完治した!なんてわかりやすくおもう必要もないし

完治したとおもったものがぶりかえしたっていいとおもう。

いつもとちゅうで、いつも最中でいいとおもう。

いろんなことがもっと曖昧になっていくといいなと日々おもう。

曖昧なすべてが明確なこたえでいいとおもう。

目に見えないもののほうがおおいのだから

そのほうが自然だとおもう。

2017年10月9日

ききとしてききます

うれしかったことって
おとなになったら誰に話したらいいんだろう。

もういいおとなだということは重々承知しているけれど、あらためてかんがえる。

こどものときは、うれしかったこと
それでね、えっとね、ってお母さんに話してた。

おとなはうれしかったこと、だれかにはなしますか。

わたしはうれしかったこと、はなしたくて

信頼するひとたちに安心して、
それでね、えっとね、と話すようになってしまったけど

ときどき、はなしすぎたなあと後悔する。

うれしかったはなしは、うるさくないかなあと心配になる。

だけどみんな、やさしくきいてくれるから

そのかおをおもいだして、よかったことにする。

じぶんのこと、いいなってちゃんとおもわないと

あなたをいいなとおもってくれるひとがかなしむよ

って言われたことをおもいだす。

一緒にいてうれしいひとたちに
うれしかったことをはなす。

鬼に金棒、だといい。

2017年10月8日

くるみ

けさは朝劇下北沢
ご来店ありがとうございました。

秋晴れのからりとした空気は
文化祭の頃みたいで

なつかしいきもちもした。

あのころうまくできなかった
みんなとすごすということが

おとなになってできるようになった。

秋晴れがすこし更新された。

きのうお誕生日をむかえた山岡竜弘さんのバースデーサプライズもした。

関森絵美ちゃんの、粋なラップで。

みんながそのリリックをなぞるように

山岡さんの横顔をみつめて

みんなでだれかをおもう時間につつまれた空間は
とてもひとつで、きっとこの世でひとつだった。

おわってから、みんなでごはんをたべた。

はなしたいことがたくさん、たくさんあったみたいで

ぜんいんがたくさんことばをはなして

脈拍がはやくって
まちがえていそいでごはんをたべた。

よくよくかんがえたらもったいなくて
でもみんな、いそいでしまうくらいつめこみたいことばがあったみたいで

まちがえてごはんもつめこんだ。

とっても久々の時間だったから。

話し足りずにはいった喫茶店で
コーヒーを飲みながら
お店にあった誕生日大全で朝劇のひとたちの誕生日をうらなった。

そこにかかれているひとりひとりの長所や短所にみんなでうなずいて

ずっとほほえんだ。

とびきりにいいところを知ってる。

だめだなあとおもうところも知ってる。

でも、そのだめだなあとおもうところは

とびきりにいいなあとおもうところの副産物で

どちらもけっきょく、すてきだとおもう理由だから

そのぜんぶをまるごと、両手ではむっとするみたいに

たくさんほほえんだ。

2017年10月7日

たしかめる

はいはい、はーいそうですね。

とかすごくたしかそうな返事をした口の形の記憶はあるんだけど

なにを言われたか全く覚えていないことを直後に思い出して焦る。

たまにこういうてきとうなことをやる。

まあたいした会話じゃなかったからいいんだけど、

はいはい、はーい
じゃないよ自分、とはおもう。

この時期とか特に
1週間に一度くらい、ねてもねても眠たくて
ほぼ丸一日眠っていることがあるんだけど

そういうときったら、
合間にすこし目覚めたときにものすごく確かそうなふりを脳みそがするから

目覚めて確認すると
ものすごく確かそうなメールを返信していたりしてびっくりする。

記憶がないわけじゃないから夢遊病じゃないけど
そんなに確かじゃないのに、よくもまあ返したなあとおもう。

撤回する前言もないけれど
それほど確かな意識でなかったことは、確か。



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いまこの瞬間確かなことだけ書いてみようのコーナー

・月明かりがあかるい

・歩きながら「ひとりだ!」って初めて明るい色でおもった

・すきな洗濯洗剤のにおいがあるけど、あれはなんだろう

・すきだけど、すきだから、慣れたくないから、知らないで使わないようにしよう

・月夜に缶ビールが美味しいな

・一口で酔っ払ったけど後でちゃんとコインランドリー行こう

・おつまみはオニオングラタン風玉ねぎのチーズ焼きだな

・いい気持ちだな



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一口で酔っ払って、書きながら気づいた。

その瞬間はいつだって
確かな気持ちなんだな。

勘違いだって、確かな気持ちなんだな。

その瞬間の本当は、本当なんだな。

2017年10月6日

しまえずじまい

見たい映画を観に、映画館に駆け込もうとしたけれどまにあわず

今夜ははやばやとみせじまい。

このごろはいちにちがたりなくかんじて
なかなかみせじまいできるきもちになれないけど

今夜はそうした。

金曜日だし。雨だし。

昨夜はすこし、みちすぎたから。

こういうときのこと、わたしは
マリオがスターを取ったときみたいだなとおもうんだけど

それまではなかったあらゆるものへの手触りがうまれるから

手がいくつあってもたりない。

ああ、やっぱり今夜も終われないかな。

とってもねむたいのに

ねむたいのになあ。

2017年10月5日

いいひはじまり

いい日だった。

ほかにもきょうかんがえていたいろんなこと、書こうとおもってたけど

いい日だった、でしめくくられちゃったから

いい日だった。

そんな、そんなひとことですんじゃうようなシンプルな

そんなひとことでしかいいあらわせないようなゆたかなこと。

素直がいちばんだし

素直でいられる時間がいちばんだ。

2017年10月4日

まてまてぃっく

あたまのなかのくちぐせが、いま

「まてまて」。

まてまて、観たい映画が多すぎるぞ

まてまて、行きたいところが多すぎるぞ

まてまて、おもしろい人が多すぎるぞ

まてまて、やりたいことがありすぎるぞ。

はやくすぎさらないかなーとおもっていた夏だった。

でもその夏がすぎたら、
「まてまて」がきた。

人生たりないぞ、まてまて。

そうおもったから
すきだ!とおもうものに一層
気持ちと時間をつかうことにした。

人生ながいなーと若輩者のくせにおもってたけど

人生ってやるわね

たとえば映画を一本見ると、たくさんの予告編にまたたくさんの映画を観たくなってしまうみたいに

すごすほどに扉が開いて
先が見たくなるようにできてる。

人生の時間とやりたいことの数は反比例するのかもしれない。

とおもうようになったのもこの秋のこと。

肌と髪がやたらに元気なのは

夏と別れて秋に出会って
あたらしくすきになりはじめたからかもしれない。

2017年10月3日

ぷらす、と

どう生きたいかだよなあ

と、やっぱりかんがえていた。

きょうのWOWOWぷらすとで、エディ・マーフィーのこれまでを松崎健夫さんにお話ししていただきながら

そうおもう。

こうして他者の視点からながめてみえること、つながる点と点が線になること

とても面白くて、とても面白いから

ついついいつも、自分を照らしてしまう。

どう生きたいかなあ。

今日もとても考えて、リヴァーフェニックス回のことをすこし思い出した。

あのときもとてもつよくおもったのだった。

どう生きたいかなあ。

あたりまえに、その人の人生があって
その人の視点があって
その人の時間の流れや密度があって

とてもとてもあたりまえだけれど

とてもとてもあたりまえだけれど。

語られる、語り継がれる人にも、

おんなじにそれがあって

その時間の流れや密度が特別だから

誰かに語られたり、語り継がれたりもして。

そんなことをぷらすとのあの席に座っていると

ぼんやりおもったりして

ひとりひとりの時間の流れや密度を
とてもかけがえなくおもったりする。

そんな悠長なことを言っている場合ではなくて

わたしはどう生きたいかなあ

かんがえたり、する。

きょうは入江悠監督のおっしゃったひとことに、勇気をもらった。

そう生きたいのだから、それでいいとおもった。

どう生きたいか

それでいいとおもうし
それはいつどれだけ変わったりぶれたって、わたしはいいとおもってる。

そのとき、どう生きたいか

そこに点を打って行けばきっと
遠くから見たときその点の間に軌道が見えるはずだと思う。



映画や、映画の世界の中の人と

自分を照らし合わせて循環できる時間がとてもありがたいことを、ぷらすとに出会って知った。

つらいとき、つらいことを人におしつけたりするのもつらいとき

アイドルを見ているのが至福だったわたしがこの夏、
映画と舞台と本に救われることを知った。

映画がすきなひとの
舞台がすきなひとの
本がすきなひとの

ひとりの時間がすこしわかった。

映画があってよかったって
舞台があってよかったって
本があってよかったって

おもう日が来て、わたしはよかった。

自分がそういう何かをつくろうとすることに
まえよりほんのり自信がわいたから。

WOWOWぷらすと七年目突入、おめでとうございます。

これからもよろしくお願いします。

2017年10月2日

愛とか言って

ダルデンヌの映画の愛はなんでこんなにかなしいんだろう。

おっかけてもおっかけてもたどりつかなくてかなしい。

でもわたしにもどうにも祈りとしか呼べないような夜があって

このかなしみのかたちはしってる。

ヴェンダースの映画に出てくる愛は、なんであんなにほどよい距離感なんだろう。

ひなたぼっこみたいな、とおくからてらされる愛

夜もまだその温度がすこしのこってくれるような

いつも燃え尽きもしないような。

ふたつのちがうかたちの、にているのは

どちらにも距離があるということ。

その距離のあいだには
なにかのうまれる余地がある。

叶わないものも永遠だし
燃え尽きないものも永遠のようにおもう。

いろんなかたちをみたし

いろんなかたちをいだく。

すきなものをすきというのだって

すきなものをすきでいるのだって

とってもちからのいることだ。

この世には、重力とか、時間とか、
いろんなそれぞれの方向に駆け抜けるエネルギーがあるから

すきなものをすきでいるのだって
恒常性を保つのだって

ひとつのエネルギーが必要だ。




さてさてあしたはWOWOWぷらすと。

『エディマーフィーを語る。』

今日は全然ちがう映画の話をしてしまったけれど
あすはたっぷり語ります。

映画の話をする時間、
そのあいだにある余地がいいなとおもうようになりました。

ぷらすとのおかげです。

2017年10月1日

生きて

とてもたくさんをおもいだした。

ことばになった瞬間に凝固してしまう感覚を

感覚のままおもいだして

ことばへとおさまりゆくのをみた。

なんどもなんどもまちがえたり

なんどもなんどもみつけたり

おなじことのくりかえしだってわかっていても

凝固してしまうのが、わたしにはいちばんのまちがいで

いつも0コンマ何ミリまで鮮明に

新鮮に

そのものがそうであるという

必然の瞬間に名前をつけたい。

そんなことばかりしているから

うまくすごせないのだとわかってはいるけれど

知りたいことを知るために

生きていたいからしかたない。



⭐︎



さて、年内のあたらしい情報がひらかれました。

朝劇下北沢初のプロデュース企画
松澤くれはさん作・演出の
『夜に生きて、』に
わたくしも出演させていただくことになりました。

台本を初めに拝読したときに

とてもとてもすてきで
わくわくしたのと同時に

その新たな可能性に
とてもありがとうと思ったことが印象的でした。

いつの間にホームにさせてもらっている朝劇下北沢ですが

こうして、プロデュース企画として
新たな視点から朝劇を見つけていただくことは

いつもの場所になっている自分にはとても大きな発見のきっかけになって

視野が広がるような
柔軟になるような
朝がまた輝くような感覚がありました。

そして、そのくれはさんがくださった
新たな朝への希望を抱くのと同じくらいに
これまで主宰の原将明さんが描いてきてくださった「朝劇」の
かけがえのなさを改めて実感しました。

つくるわたしたちも
みにきてくださるひとりひとりにも
ひとりひとりの描く朝がきっとあって

そのひとりひとりのおかげで
ひとりひとりの朝が
一層みがかれて光るような気がしました。

そんなひとりひとりが
もっともっとふえてゆけばいいなと
おもえたきっかけになりました。

いえいえ、まだまだこれからがはじまりです。

いろどりゆたかな朝
夜を生きた朝
またあらたなはじまりになるよう
たいせつにつくります。

どうぞおたのしみに。



朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』
作・演出 松澤くれは
出演
善知鳥いお
江田恵
庄野有紀
福永マリカ
宮原将護
室田渓人

公演日程
11月18日(土)
11月19日(日)
12月9日(土)
12月16日(土)
8:30開店 9:00開演

会場
CAFE VIZZ下北沢
下北沢駅西口徒歩1分

チケット
朝食・ドリンク付き 3000円

ご予約
https://www.quartet-online.net/ticket/yoruniikite?m=0gfjhch